絵巻詞書集

 絵師草紙
第一段

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朝恩なればかたじけなく悦
事かぎりなし此よし家に
かへりてかたりければ妻子眷属
どもはしりつどひていまだ未
到の土貢の納所をもとめし
むるありさまわらひのしる
こえ/\天地をひかして物を
ともきこえ侍らずぞありし
さるほどに老母をはじめとして
うとからぬ輩と賀酒を
のみけるがはやゑいぬれば
乱舞一声におよぶま
次第にのみしかりつ
酒又とりよせけるが使も
ゑいぬればゑんのやぶれに
あしを入てたうれければ
酒をもこぼしぬ使しかねて
水を入くわへていだしたり
けれども皆ゑいぬる心地
には善悪をわきまへずして
其日はあしたよりのみく
らし侍りけるとかや

【読み下し】
朝恩なれば忝なく悦
事かぎりなし。此よし家に
帰りて語りければ、妻子眷属
ども走り集ひて、いまだ未
到の土貢の納所を求め認
むるありさま、笑ひ罵しる
声/\天地を響かして物音
も聞こえ侍らずぞありし。
さるほどに、老母をはじめとして
疎からぬ輩と賀酒を
飲みけるが、はや酔いぬれば
乱舞一声に及ぶまに、
次第に飲み叱りつ
酒又取りよせけるが、使も
酔いぬれば、縁の破れに
足を入て倒れければ、
酒をも零しぬ。使しかねて
水を入加へて出したり
けれども、皆酔いぬる心地
には、善悪を弁へずして、
其日は朝より飲みく
らし侍りけるとかや。