次日はいそぎ人こしらへつゝ田舎へ
下つかはしぬさるほどに雲煙をしのぐ
海路も月日すぐれば心もとなかりつる
雁の使も帰来り先うれしくて
文をひらき見るに所のありさまと
おぼしくて土民の武威をかうずる次
第先使がとりて年貢のなき事
ばかりをかきてこの外は何事も見え
ざりければ大方正躰なきにいよ/\煙
たえ行く家のありさま人の跡なき
庭のけしきなにゝ命のかゝるべきなれば
従類もちりゆきてをのづからとゞまる
ものは子をおもふ老母の悲にまどへる
夫をしたふ賎婦の別をなげくなど
なればみな飢をしのびまづしきを
忘て残ゐたりこのともがらを見る
にめもくるゝ心のうちたゞをし
はかられたり
【読み下し】
次日は急ぎ人拵へつゝ田舎へ
下つかはしぬ。さるほどに、雲煙を凌ぐ
海路も、月日すぐれば心もとなかりつる。
雁の使も帰来り。先嬉しくて
文を開き見るに、所のありさまと
覚しくて、土民の武威を高ずる次
第、先使がとりて年貢のなき事
ばかりを書きて、この外は何事も見え
ざりければ、大方正躰なきに、いよ/\煙
絶え行く家のありさま、人の跡なき
庭の景色、なにゝ命のかゝるべきなれば、
従類も散りゆきて、自づから止まる
ものは、子を思ふ老母の悲に惑へる。
夫を従ふ賎婦の別を嘆くなど
なれば、みな飢を忍び貧しきを
忘て残ゐたり。この輩を見る
に目も暮るゝ心のうち、たゞ推し
図られたり。