絵巻詞書集

 源氏物語絵巻(天理図書館蔵)
第二段

  ← 第三段


タ暮のいたう霞たるにまぎれて、
かのこしばかきのもとに立出給。人/\は、
かへし給て、惟光朝臣と、のぞき給
えば、たゞ、この西をもてに、持仏をす
へたてまつりておこなふ、尼なりけり。
すだれすこしあげて、花たてまつ
るめり。中のはしらによりゐて、けう
そくのうへに経をゝきて、いとなやまし
げによみいたり。尼公、たゞ人と見えず。
四十余ばかりにて、いとしろうあてに、や
せたれど、つらつきふくらかに、まみの
ほど、かみのうつくしげにそがれたるすゑも、
「ながきよりも、こよなく、いまめかしき
ものかな」と、あはれに見給。よげなる
わとな二人ばかり、さては、わらはべぞ、
出入あそぶ。なかに、「十ばかりあらん」と□
えて、しろきゝぬ、山ぶきなどの、なべ□
るきて、はしりきたる女子、あまた□□
つる子どもに、にるべくもあらず、いみじ□、
おいさきみえて、うつくしげなるか
たちなり。かみは、扇をひろげたる様、
ゆら/\としてかほは、いとあかくすり
なしてたてり。「何事ぞや。わらはべ
と、はらだち給へるか」とて尼公の、見あ
げたるに、すこし、おぼへたる所あれ□、
「子なめり」と、見給。「すゞめのこを、いぬき
にがしつる、ふせごのうちにこめたりつ
る物を」とて、「くちをし」と思へり。
【読み下し】
夕暮のいたう霞たるに紛れて、
彼の小柴垣の許に立出給。人々は、
帰し給て、惟光朝臣と、覗き給
えば、唯、此の西面に、持仏を据
え奉りて行なふ、尼なりけり。
簾少し上げて、花奉
るめり。中の柱に寄り居て、脇
息の上に経を置きて、いと悩まし
げに読みいたり。尼公、凡人と見えず。
四十余り許りにて、いと白う貴に、痩
せたれど、面つきふくらかに、眉の
程、髪の美しげに削がれたる末も、
「長きよりも、こよなく、今めかしき
ものかな」と、哀れに見給。清げなる
大人二人許り、さては、童部ぞ、
出入遊ぶ。中に、「十許りあらん」と(見)
えて、白き衣、山吹等の萎(た)
る着て、走り来たる女子、数多(見え)
つる子供に、似るべくもあらず、いみじく
生い先見えて、美しげなる容貌
なり。髪は、扇を広げたる様に
ゆらゆらとして、顔は、いと赤く摺り
成して立てり。「何事ぞや、。童部
と、腹立ち給へるか」とて、尼公の、見上
げたるに、少し、覚へたる所あれ(ば)、
「子なめり」と、見給。「雀の子を、犬君
逃しつる、伏籠の中に、籠めたりつ
る物を」とて、「口惜し」と思へり。