絵巻詞書集

 源氏物語絵巻(天理図書館蔵)
第三段

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大殿より、「いづちともなくて、おはし
ましにける事」とて、御むかへの人/\、
君だちなど、あまたまいり給へり。頭中
将・左中弁、さらぬ君達も、したひき
こえて、「加様の御ともは、つかふまつり
侍らん」と、思給ふるを、あさましく、を
くらさせ給へる事」と、恨きこえて□□、
「いみじきはなのかげに、暫もやす□
らはず、立帰侍なんは、あかぬわざかな」との
給ふ。岩がくれの苔のうへになみゐ
て、かわらけまいる。おちくる水のさま
など、ゆへある滝のもとなり。頭中将、ふ
ところなりける笛とり出て吹すまし
たり。弁君、扇はかなくうちならして、
「とよらの寺の西なるにや」とうたふ。人よりは
ことなる君達を、源氏の君、いと、いたう
うちなやみて、いはによりゐ給へるは、た
ぐひなくゆゝしき御ありさまにぞ、
何事もめうつるまじかりける。れい
のひちりきふく随身、さうのふえも
たせたるすきものなどあり。僧都、きん
を身づからもてまいりて、「是、只御てひ
とつあそばして、おなじくは、山の鳥も
おどろかし侍らん」とせちにきこえ給へば、
「みだり心ち、いと、たえがたき物を」とき
こえ給へど、けにゝくからずかきならして、
みなたち給ぬ、
【読み下し】
大殿より、「何地とも無くて、御座し
ましにける事」とて、御迎への人々、
君達等、数多参り給へり。頭中
将・左中弁・然らぬ君達も、慕ひ聞
こえて、「加様の御供は、仕ふ奉り
侍らん」と、思給ふるを、浅ましく、「遅
らさせ給へる事」と、恨み聞こえて、
「いみじき花の陰に、暫も安(ら)
はず、立ち帰侍らんは、飽かぬ態かな」との
給ふ。岩隠れの苔の上に並み居
て、土器参る。落ち来る水の様
なりける笛取り出して吹澄し
たり。弁君、扇はかなく打ち鳴らして、
「豊浦の寺の西なるにや」と歌ふ。人よりは
殊なる君達を、源氏の君、いと、いたう
打ち悩みて、岩に倚り居給へるは、類
無く由々しき御有様にぞ、
何事も目移るまじかりける。例
の篳篥吹く随身、笙の笛持
たせる数寄者等有り。僧都、琴
を自ら持て参りて、「是、唯御手一
つ遊ばして、同じくは、山の鳥も
驚かし侍らん」と、切に聞こえ給へば、
「乱り心地、いと耐え難き物を」と、聞
こえ給へど、げに憎からず掻き鳴らして、
皆立ち給ぬ。