絵巻詞書集

 源氏物語絵巻(メトロポリタン美術館蔵)
澪標

  

第五段 → 


其秋、住吉にまうで給。御願は□し
給べかりければ、いかめしき御ありきに
て、世の中ゆすりて、かんだちめ・殿上
人など、我も/\とつかふまつり給。折
ふし、明石の人、年ごろれいの事に
て、まうづるを、こぞ・ことし、さはりあり
て、おこたりにける。かしこまりとも
かさねてと思たちて、船にてまうで
たり。岸にさしつくる程みれば、いとき
しきごとに、のゝしりてまうで給人の
けはひ、なぎさにみちて、たゝはしきかん
だからをもてつゞけ、がく人とをつら
など、さうぞく・かたちとゝのへたり。「たがま
うで給ぞ」ととふなれば、「内のおほい殿
まうで給を、しらぬ人も有りけり」□□、
はかないほどのげすだに、うちはらふ。「げに
あさましう、月日こそおほかれ、中/\
この御ありさまをはるかにみたてま
つる身の程、くちをしうおぼゆ。さす
がにかけはなれたてまつらぬすくせにて、
また、なに事もしられたてまつらるま
じきゝはよ、かくくちをしきしづの□
などだに、物思ひなげにて、仕ふまつるを
いみじきものに思へるに、なにの罪ふか
き身にて、心にかけて、おぼつかなくの
み、思ひきこえ、かゝる御ありきの今日をだに
しらで、たちいでつらん」など、おもひつゞく
るに、いとかなしくて、人しれずぞしほ
たれける。まつはこのふかみどりなるに、はな・
もみぢこきまぜたりとみゆるうへの衣ども
こきうすき数しらず。六位の中にも蔵人
あかいろしるくみえて、かの、「鴨の水かき」
うらみし右近丞も、ゆげひになりて、こと/\
しげなる随身ぐしたる蔵人なり。吉清
も、おなじすけにて、おどろ/\しきあかぎ
ぬすがた、いときよげなり。すべてみし人/\
のひきかへはなやかに、「なに事をおもふ
らん」とみへて、うちゝりたるを、わかやかなる
上達部・殿上人、我も/\とさうぞいたり。
馬くらなどまで、かざりとゝのへ、□□き給へ
るは、いみじき見物に、ゐ中人おもへり。御車
をはるかにみやれば、中/\いと心やましう
て、恋しきかげをだに、えみたてまつらず。
かはらの大臣の例をまねびて、わらは随
身をえ給える。いとおかしげなるすがたども
さうぞき、びんづらゆいて、むらさき
のすそごのもとゆいいまめかしう、たけ・
すがたとゝのへ、うつくしげにて、十人、
さまことにていかめしうみゆ。
【読み下し】
其秋、住吉に詣で給。御願(果)し
給べかりければ、厳めしき御歩きに
て、世の中揺りて、上達部・殿上
人等、我も我もと仕ふ奉り給。折
節、明石の人、年頃例の事に
て、詣づるを、去年・今年、障り有り
て、怠りにける。畏りとも
重ねてと思たちて、船にて詣で
たり。岸に差し着くる程見れば、いと岸
毎に、罵りて詣で給人の
気配、渚に満ちて、たゝはしき神
宝を持て続け、楽人十列
など、装束・容貌整へたり。「誰が詣
で給ぞ」と問ふなれば、「内大臣殿
詣給を、知らぬ人も有りけり」とて、
はかない程の下衆だに、打ち笑ふ。「げに
浅ましう、月日こそ多かれ、中々
この御有様を遥かに見奉
る身の程、ロ惜しう思ゆ。流石
に懸け離れ奉らぬ宿世にて、
又、何事も知られ奉らるま
じき際よ、斯く口惜き賎の男
等だに、物思ひなげにて、仕ふ奉るを
いみじきものに思へるに、何の罪深
き身にて、心に懸けて、おぼつかなくの
み、思ひ聞え、かゝる御歩きの今日をだに
知らで、立ち出でつらん」など、思ひ続く
るに、いと悲しくて、人知れずぞ潮
垂ける。松はこの深緑なるに、花・
紅葉こき混ぜたりと見ゆるうへの衣共
濃き薄き数知らず。六位の中にも蔵人
赤色著く見えて、彼の、鴨の水かき
恨みし右近丞も、靭負になりて、事々
しげなる随身具したる蔵人なり。吉清
も、同じ佐にて、おどろ/\しき赤衣
姿、いと清げなり。全て見し人々
の引き替へ花やかに、「何事を思ふ
らん」と見へて、打ち散りたるを、若やかなる
上達部・殿上人、我も我もと装束いたり。
馬鞍等まで、飾り整へ、磨き給へ
るは、いみじき見物に、田舎人思へり。御車
を遥かに見やれば、中々いと心疾しう
て、恋しき影をだに、え見奉らず。
河原の大臣の例を真似びて、童随
身をえ給える、いとおかしげなる姿ども
装束き、髪面結いて、紫
の裾濃の元結今めかしう、丈・
姿整へ、美しげにて、十人、
様殊にて厳めしう見ゆ。