絵巻詞書集

 後三年合戦絵詞
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将軍の舎弟兵衛尉義光思はざるに
陣に来れり将軍にあひて云ほのか
に戦のよしを承て院にいとまを申
侍りて云義家夷にせめられてあぶなく侍
よしうけたまはる身のいとまを給て罷
下て死生を見候はむと申上げしをい
とまを給はらざりしかば兵衛尉を辞
申て罷り下てなむ侍といふ義家これ
をききてよろこびの涙を抑て云今日
そこの来給へるは故入道のいきかへり
ておはしたるとこそ覚侍れ君すでに
そひの将軍となり給るは武衡家衡が
首をえむこと掌にありといふ前陣の
軍すでに責よりて戦かふ城中よばひ
ふるひて矢の下事雨のごとし将軍
の兵疵をかぶるもの甚し相模国住人
鎌倉権五郎景正といふ者あり先祖
より聞たかき兵なり年わづかに十六
歳にしておほいくさの前にありて命を
すててたたかふ間に征矢にて右の目をい
させつ首をいつらぬきてかぶとのはち
つけのいたにいつけられぬ矢をおりかけ
て当の矢を射て敵をいとりつさて後
しりぞき帰てかぶとをぬぎて景正手負
にたりとてのけざまにふしぬ同国の兵
三浦の平太郎為次といふものありこれも
きこえたかきものなりつらぬきをはきな
がら景正が顔をふまへて矢をぬかむとす
景正ふしながら刀をぬきて為次が草ずり
をとらへてあげざまにつかむとす為次
おどろきてこはいかになどかくはするぞ
といふ景正云様弓箭にあたりて死は兵
の望所なりいかでか生ながら足にてつらを
ふまるることはあらむしかじ汝をかたきと
して我ここにてしなむといふ為次舌を
まきていふことなし膝をかがめ顔をお
さへて矢をぬきつおほくの人これを
見聞景正が高名いよいよならびなし力を
つくしてせめたたかふといへども城をつべ
き様なし岸たかくして壁のそばだてる
がごとし遠物をば矢をもちてこれを
射ちかき者をば石弓をはづしてこれ
をうつしぬるもの数しらず伴次郎兼
杖助兼といふ者ありきはなき兵也つ
ねにいくさの先にたつ将軍これを感
じて薄金といふ鎧をなむきせたりける
岸ちかくせめよせたりけるを石弓をはづし
かけたりけるにすでにあたりなむと
しけるを首をふりて身をたはめたり
ければかぶとばかりうちをとされにけり
甲をちける時本烏きれにけりかぶとは
やがてうせにけり薄金の甲は此時うせたり
助兼ふかくいたみとしけり