絵巻詞書集

 長谷雄草紙
第一段

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中納言長谷雄卿は学九流にわたり
芸百家に通じて世におもくせられし
人なり或日ゆぐれかたに内へまいらんと
せられける時見もしらぬおとこのまなこ
ゐかしこげにてた人ともおほえぬ来て
云つれ/\に侍て双六をうたばやと思
給にそのかたきおそらくは君ばかりこそ
おはせめとおもひよりてまいりつるなりと
いへば中納言あやしうおもひながらこ
みむと思心ふかくしていと興あること也
いづくにてうつべきぞといへばこれにては
あしく侍ぬべしわがゐたる所へおはし
ませといへばさらなりとてものにもの
らずとものものもぐせずたひとり
おとこにしたがひてゆくに朱雀門の
もとにいたりぬ

【読み下し】
中納言長谷雄卿は学九流に渉り、
芸百家に通じて、世に重くせられし
人なり。或日、夕暮れ方に内へ参らんと
せられける時、見も知らぬ男の、眼
居賢げにて、徒人とも覚えぬ来て云、
「徒然に侍て双六を打たばやと思
給に、その敵、恐らくは君ばかりこそ
おはせめと思ひよりて参りつるなり」と
言へば、中納言怪しう思ひながら、試
みむと思心深くして、「いと興あること也。
何処にて打つべきぞ」と言へば、「これにては
悪しく侍ぬべし。我が居たる所へ在し
ませ」と言へば、「更なり」とて、物にも乗
らず、供の者も具せず、唯一人
男に従ひて行くに、朱雀門の
下に至りぬ。