絵巻詞書集

 長谷雄草紙
第二段

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この門の上へのぼり給へといふいか
にものぼりぬべくもおぼえねど男の
たすけにてやすくのぼりぬすなはち
はむてうとりむかへてかけ物にはなに
をかし侍べきわれまけたてまつりなば君
の御心に見めもすがたも心ばへもたらぬ
ところなくおぼさむさまならむ女をたて
まつるべし君まけ給なばいかにといへば
我は身にもちともちたらむたからをさ
ながらたてまつるべしといへばしかるべし
とてうちける程に中納言たかちにかちけ
ればおとこしばしこそよのつねの人のすが
たにてありけれまくるにしたがひてさいを
かき心をくだきける程にもとのすがたあら
はれておそろしげなる鬼のかたちになりに
けりをそろしとはおもひけれどもさも
あれかちだにしなばかれはねずみにてこそ
あらめとねむじてうちける程につゐに
中納言かちはてにけりその時またありつる男の
かたちになりていまは申におよばずさり
ともとこそおもひ侍つれからくもまけたて
まつりぬる物かなしか/\その日わきまへ侍べし
といひてもとのごとくおろしてけり

【読み下し】
「この門の上へ登り給へ」と言ふ。如何
にも登りぬべくも覚えねど、男の
助けにて、易く登りぬ。即ち、
半・丁と取り向かへて、「賭物には何
をかし侍べき」「我負け奉りなば、君
の御心に、見目も姿も、心ばへも、足らぬ
所なく思さむ様ならむ女を奉
るべし。君負け給なば如何に」と言へば、
「我は身に持ちと持ちたらむ宝を、さ
ながら奉るべし」と言へば、「然るべし」
とて打ちける程に、中納言ただ勝ちに勝ちけ
れば、男しばしこそ世の常の人の姿
にてありけれ。負くるに従ひて、賽を
掻き、心を砕きける程に、元の姿現
はれて、恐ろしげなる鬼の貌になりに
けり。恐ろしとは思ひけれども、「さも
あれ、勝ちだにしなば、彼は鼠にてこそ
あらめ」と念じて打ちける程に、遂に
中納言勝ち果てにけり。その時、またありつる男の
貌になりて、「今は申に及ばず。さり
ともとこそ思ひ侍つれ。辛くも負け奉
りぬる物かな。しかじかその日弁へ侍べし」
と言ひて、元の如く降ろしてけり。