むかし、おとこ、女のもとに ひとよ
ゆきて、又もゆかずなりにけば、
女の、手あらふ所にぬきすをうちや
りて、たらゐのかげにみえけるを、
みづから、
我ばかり物おもふ人は又もあらじ
とおもえば水のしたにもありけり
とよむを、こざりけるおとこたちきゝて、
みなくちに我やみゆらむかはづさへ
水のそこにてもろごゑになく
【読み下し】
昔、男、女の許に一夜
行きて、又も行かずになりにければ、
女の、手洗ふ所に貫簀を打ち遣
りて、盥の陰に見えけるを、
身づから、
我許り物思ふ人は又も有らじ
と思へば水の下にも有りけり
と詠むを、来ざりける男立ち聞きて、
水口に我や見ゆらむ蛙さへ
水の底にて諸声に鳴く