絵巻詞書集

 地獄草紙(東京国立博物館蔵)
第一段・髪火流

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また、この地獄に別所あり。なをば
髪火流といふ。このところの衆生、むかし、
人間にありて、殺生・偸盗・邪婬、およびま
た、五戒をたもちたるひとのまへに
して、「さけをのむは、めでたき戒なり」
といひて、さけをあたへて戒をやぶら
しめたりしもの、この地獄におつ。こ
のぢごくには、熱鉄のいぬ、つみ人の
あしをくらふ。あるいはまた、ほのをの
くちばしあるくろがねのわし、罪人の
かうべをつきわりて、そのなづきを
すひとる。苦患たふべからず。さけぶこ
ゑつきず。
【読み下し】
また、この地獄に別所あり。名をば
髪火流と言ふ。この所の衆生、昔、
人間にありて、殺生・偸盗・邪婬、及びま
た、五戒を保ちたる人の前に
して、「酒を飲むは、めでたき戒なり」
と言ひて、酒を与へて戒を破ら
しめたりし者、この地獄に墜つ。こ
の地獄には、熱鉄の犬、罪人の
足を喰らふ。あるいはまた、炎の
嘴ある鉄の鷲、罪人の
頭を突き割りて、その脳を
吸ひ取る。苦患耐ふべからず。叫ぶ声
尽きず。