そのあしたにろうをひらきて
たうじむくひものをもてきたるに
大臣ことなくてあるをみてたうじ
むいよ/\あやしむまたこの日本の
つかひさいのう人にすぎたりふみ
をよませてそのあやまりをわらは
むといふなりこのよしをゝにきてつぐ
きびいかなるふみぞとゝふにをにのい
はくこのくにゝきはめてよみにく
きふみなり文選といふなり大臣のい
はくそのふみつたヘきゝてかたりたま
ひてむやといふにおにわれはかなはじ
貴下をあひぐしてかのさたのところ
へいたりてきかせむとおもふなりそれ
にろうをとぢたるはいかゞしていでたま
はむずるといふにきびのいはくわれは
ひ行じざいの術をしれりといひて
ろうのひまよりともにいでゝもむぜん
かうずるていわうのみやにいたりぬ三十
人のはかせよもすがらよむをきゝて
かへりぬをにのいはくきゝえたりや大臣
のいはくきゝつふるきこよみ十よ
巻たづねてあたへてむやといふにおに
すなはちもとめてあたへつ
【読み下し】
その朝に楼を開きて
唐人食ひものを持てきたるに、
大臣ことなくてあるを見て、唐人
いよ/\怪しむ。またこの日本の
使ひ、才能人に過ぎたり。文
を読ませて、その誤りを笑は
むといふなり。この由を鬼聞きて告ぐ。
吉備如何なる文ぞと問ふに、鬼の曰
く、「この国にきはめて読みにく
き文なり。文選といふなり。」大臣の曰
く、「その文伝ヘ聞きて語りたま
ひてむや」といふに、鬼、「われは叶はじ。
貴下をあひ具してかの沙汰のところ
へ至りて聞かせむと思ふなり。それ
に楼を閉ぢたるは如何して出でたま
はむずる」といふに、吉備の曰く、「われは
飛行自在の術を知れり」といひて、
楼の隙よりともに出で、文選
講ずる帝王の宮に至りぬ。三十
人の博士よもすがら読むを聞きて
帰りぬ。鬼の曰く、「聞きえたりや。」大臣
の曰く、「聞きつ。古き暦十余
巻尋ねて与へてむや」といふに、鬼
すなはち求めて与へつ。