絵巻詞書集

  駒競行幸絵巻
第二段


おなじ月の十九日、こまくべせさせ給。
ひごろだにありつる人々にはとりわきひ
きつくろゐめでたし。御門のおはします
べき御よそゐ大床子、寝殿のみなみおも
てにたてゝ、御座よそゐたり。巳の時ばかりに
ぞ行幸ある。みはしに御輿よせておりさせ
たまふ。さておはしましてゐさせ給てのち、
東宮おはします。陣のとにて、ことのよし
奏す。御車おろして、莚道まいりておりさ
せたまふ。西の廊のなかの妻戸よりぞ
いらせ給ふ。対のすのこよりわたらせ給て、寝
殿の南面よりいらせたまひて、御座につかせ
給ぬ。東宮の御座は平座なり。みすのうちの
ありさまおもひやられてゑましう、宮の御
ぜむのまちみたてまつらせたまふらむを、
思やりきこゑさせぬ人なし。入道どのは、
東の対の北によりて文殿あり。そこにみ
すかけて、さるべき僧どもあまた、ぐして
をはしましぬ。宮の女房のありさま、寝殿の
にしのみなみおもてよりにしのわたどのまで、
すべていとおどろ/\しうもみぢがさね
色をつくしたり。つねのことゞもなれば、いひ
つくさず。にしの対には上達部みなつき給ぬ。
さるべくみな物どもなど、きこしめしまいり
て、やう/\ふながくどもこぎいでたり。蘇
芳菲・駒形・其駒などさま/\まひて、いまは
東のたいへわたらせたまふ。またそこにて
大床子におはします。すこしさがりて東宮を
はします。ひら座なり。あるじのおとゞをはじ
めたてまつりて、上達部・殿上人みなひ
きつれて、東の対にまいり給ふ。いづれの殿原も
御装束めでたき中に、関白どのゝ御下襲菊
のひへぎかゞやきて、めとゞまりたり。
【読み下し】
同じ月の十九日、駒競せさせ給。
日頃だに在りつる人々にはとりわき引
き繕ゐめでたし。御門の御座します
べき御装ゐ大床子、寝殿の南面
に立てて、御座装ゐたり。巳の時許りに
ぞ行幸ある。御階に御輿寄せて降りさせ
給ふ。さて御座しまして居させ給て後、
東宮御座します。陣の外にて、事の由
奏す。御車降ろして、莚道参りて降りさ
せ給ふ。西の廊の中の妻戸よりぞ
入らせ給ふ。対の簀子より渡らせ給て、寝
殿の南面より入らせ給ひて、御座に付かせ
給ひぬ。東宮の御座は平座なり。御簾の内の
有様思ひ遣られて笑ましう、宮の御
前の待ち見奉らせ給ふらむを、
思遣り聞こえさせぬ人なし。入道殿は、
東の対の北に寄りて文殿有り。其所に御
簾懸けて、然るべき僧共数多、具して
御座しましぬ。宮の女房の有様、寝殿の
西南面より西の渡殿まで、
全ていとおどろおどろしう紅葉襲
色を尽くしたり。常の事共なれば言ひ
尽くさず。西の対には上達部皆着き給ぬ。
然るべく皆物共等、聞こし召し参り
て、漸う船楽共漕ぎ出でたり。蘇
芳菲・駒形・其駒等様々舞ひて、今は
東の対へ渡らせ給ふ。又其所にて
大床子に御座します。少し下がりて東宮御
座します。平座なり。主の大殿をはじ
め奉りて、上達部・殿上人皆引
き連れて、東の対に参り給ふ。何れの殿原も
御装束めでたき中に、関白殿の御下襲菊
の引倍木輝きて、目留まりたり。