絵巻詞書集

 枕草子絵詞
第一段

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正月十日しげいさまいり給二月十日よひ宮
の御かたにわたり給べき御せうそこあれば
つねよりも御しつらひ心ことにみがきつくろ
ひ女房などようゐしたりよなかばかりに
わたらせ給しかばいくばくもあらであけぬ
とうくわでむのひんがしのひさしの二まに
御しつらひはしたりよひにわたらせ給て又
の日はをはしますべければ女房は御物やどりに
むかひたるわた殿にさぶらふべし殿うへあか
月にまいり給にけりつとめていとくみかう
しまいりわたしてみざうしのみなみに
四しやくのびやうぶにしひむがしにをまし
しきて北むきにたて御たみのうへに
御しとねばかりをきて御火をけまいれり御
びやうぶのみなみ御ちやうのまへに女房いと
おほくさぶらふまだこなたにて御ぐしなど
まいるほどしげいさはみたてまつりたりやとの
たまはすればいかでか〈しやく〉ぜむじくやうのひ御うしろ
ばかりをなんはつかにときこゆればそのはしらと
びやぶとのもとによりて我うしろより見よいと
めでたく見えさせ給たてまつる御ぞのいろ
ごとにやがて御かたちのにほひあはせ給ぞ
なをことよき人もかうやをはしますらんと
ゆかしきさていざり入らせ給ぬればやがて御
屏風にそひつきてのぞくをあしかむめり
うしろめたきわざかなときこえごつひと/\も
おかしさうじのいとひろうあきたればいとよ
くみゆうへはしろき御ぞどもくれなゐのはり
たるふたつばかり女房のもなめりひきかけて
おくによりてひむがしむきにをはすればた
御ぞなどぞみゆるしげいさはきたにすこしより
てみなみむきにおはすこうばいとあまたこく
うすくてうへにこきあやの御ぞすこしあかき
こうちぎすわうのをつ物もえぎのわかやかなる
かたもんの御ぞたてまつりてあふぎをつと
さしかくし給へるいみじうげにめでたくうつく
しとみえ給とのはうす色の御なをしもえぎのおり物
さしぬきくれなゐの御ぞども御ひもさしてひさ
しのはしらにうしろをあてこなたむきにおはし
ますめでたき御ありさまをうちゑみつれいの
たはぶれごとせさせ給しげいさのいとうつくしげ
にゑにかいたるやうにてゐさせ給へるに宮はいとやす
らかにいますこしおとなびさせ給へる御けしき
のくれなゐの御ぞにひかりあはせたまへるなを
たぐひはいかでかと見えさせ給御てうづまいるかの
御かたのはせむゑうでん貞観殿をとをりてどう
女二人しもづかへ四人してもてまいるめりから
びさしのこなたのらうにぞ女房六人ばかりさぶらふ
せばしとてかたへは御おくりしてみなかへりに
けりさくらのかざみもえぎこうばいなどいみ
じうかざみながくひきてとりつぎまいら
するいとなまめきおかしをり物のからぎぬ
どもこぼしいですけまさのむまのかみの
むすめ少将きたのさいしやうのむすめさい相
の君などぞちかうはあるおかしとみる程に
こなたの御てうづは番のうねべのあをすそ
ごのもからぎぬくたいひれなどしておも
ていとしろくてしもなどりつぎまいる
程これはたおほやけしうからめきておかし
をものをりになりてみぐしあげまいり
てくら人ども御まかなひのかみあげてまいら
するほどはへだてたりつる御びやう風もをしあ
けつればかいまみの人かくれみのとられたる
心地してあかずわびしければみすとき
丁とのなかにてはしらのとよりぞみたて
まつるきぬのすそもなどはみすのとにみなをし
いだされたればとのはしのかたより御らんじ
いだしてあれはたぞやかのすみのまより
みゆるはとがめさせ給に少納言がものゆか
しがりて侍ならんと申させたまへば
あなはづかしかれはふるきとくいをいと
にくさげなるむすめどもたりとも
こそみ侍れなどの給御気色いとし
たりがほ也

【読み下し】
正月十日、淑景舎まいり給。二月十日宵、宮
の御方に渡り給べき御消息あれば、
つねよりも御室礼心ことに磨き繕
ひ、女房など用意したり。夜中ばかりに
渡らせ給しかば、いくばくもあらで明けぬ。
登華殿の東の廂の二間に
御室礼はしたり。宵に渡らせ給て、又
の日はをはしますべければ、女房は御物宿に
向ひたる渡殿にさぶらふべし。殿、上、あか
月にまいり給にけり。努めていと疾く御格
子まいりわたして、御曹司の南に
四尺の屏風、西東に御座
敷きて、北向きに立て、御畳の上に
御褥ばかり置きて、御火桶まいれり。御
屏風の南、御帳の前に、女房いと
多くさぶらふ。まだ此方にて御髪など
まいるほど、「淑景舎は見奉りたりや」と宣
はすれば、「いかでか〈釈〉善寺供養の日、御うしろ
ばかりをなん、はつかに」と聞こゆれば、「その柱と
屏風とのもとに寄りて、我うしろより見よ」いと
めでたく見えさせ給。たてまつる御衣の色
ごとに、やがて御かたちの匂ひあはせ給ぞ、
なをことよき人も、かうやをはしますらん、と
ゆかしき。さて、いざり入らせ給ぬれば、やがて御
屏風に添ひつきて覗くを、「悪しかむめり。
後ろめたきわざかな」と聞こえごつ人/\も
おかし。障子のいと広う開きたれば、いとよ
く見ゆ。上は白き御衣ども、紅のはり
たる二つばかり、女房の裳なめり。ひきかけて
奥によりて東向きにをはすれば、た
御衣などぞ見ゆる。淑景舎は北にすこしより
て、南向きにおはす。紅梅いとあまた濃く
薄くて、上に濃き綾の御衣、すこし赤き
小袿、蘇芳の織物、萌黄の若やかなる
固紋の御衣たてまつりて、扇をつと
さし隠し給へる、いみじう、実にめでたくうつく
しとみえ給。殿は、うす色の御直衣、萌黄の織物の
指貫、紅の御ぞども、御紐差して、廂
の柱にうしろを当て此方向きにおはし
ます。めでたき御ありさまを、うち笑みつ、れいの
戯れごとせさせ給。淑景舎のいと美しげ
に、絵にかいたるやうにてゐさせ給へるに、宮はいと安
らかに、いますこし大人びさせ給へる、御気色
の紅の御衣に光合せたまへる、なを
類はいかでかと見えさせ給。御手水まいる。かの
御かたのは、宣輝殿、貞観殿を通りて、童
女二人、下仕四人してもてまいるめり。唐
廂の此方の廊にぞ女房六人ばかりさぶらふ。
狭しとて、片方は御送りして、みな帰りに
けり。桜の汗袗、萌黄、紅梅など、いみ
じう、汗袗ながく引きて、取り次ぎまいら
する、いとなまめきおかし。織物の唐衣
どもこぼし出で、相尹の右馬頭の
女少将、北野宰相の女宰相
の君などぞ、近うはある。おかしと見る程に、
此方の御手水は、番の采女の青裾
濃の裳、唐衣、裙帯、領布などして、面
いと白くて、下など取り次ぎまいる
程、是将公しう、唐めきておかし。
御膳のをりになりて、御髪上げまいり
て、蔵人ども御賄ひの髪上げてまいら
するほどは、隔てたりつる御屏風も押しあ
けつれば、垣間見の人、隠れ簑取られたる
心地して、飽かず侘しければ、御簾とき
丁との中にて、柱の外よりぞ見たて
まつる。衣の裾、裳などは、御簾の外にみな押し
出されたれば、殿、端の方より御覧じ
いだして、「あれは、誰ぞや。かのすみの間より
見ゆるは」と咎めさせ給に、「少納言がもの、ゆか
しがりて侍ならん」と申させたまへば
「あな恥かし。かれは故き得意を。いと
憎さげなる女ども持たりとも
こそ見侍れ」などの給、御気色いとし
たり顔也。