絵巻詞書集

 枕草子絵詞
第二段

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五月ばかりつきもなういとくらきに
女房やさぶらひ給とこゑ/\していへばいで
て見よれいならずいふはたれぞとよとおほ
せられるばこはたぞいとおどろ/\しうきは
やかなるはといふ物はいはでみすをもたげて
そよろとさしいるくれ竹なりけりをいこの
君にこそといひたるをきていざ/\これまづ
殿上にいきてかたらむとて式部卿宮の源中
将六位どもなどありけるはいぬ頭弁はとまりた
まへりあやしうてもいぬる物どもかな御ぜん
の竹をおりて哥よまむとてしつるをおなじ
くはしきにまいりて女房などよびいできこ
えてとてきつるにくれ竹の名をいととく
いはれていぬるこそいとをかしけれたがを
しへをきて人のなべてしるべうもあら
ぬ事をばいふぞなどの給へばたけの名とも
しらぬものをなめしとやおぼしつらんといへば
まことにそはしらじをなどの給まめごとなど
いひあはせてゐ給へるにうへてこの君とし
ようすとずむじてまたあつまりきたれば
殿上にていひきしつるほいもなくてはなどかへ
り給ぬるぞとあやしうこそありつれとのた
まへばさることにはなにのいらへをかせんなか/\
ならん殿上にていひのしりつるをうへもきこ
しめしてけうぜさせおはしましつとかたる
頭弁もろともにおなじことをかへす/\ずんじ
たまひていとをかしければ人/\みなとり/\
に物などいひあかしてかへるとてもなをおなじ
ことをもろごゑにずして左衛門ぢん入まで
きこゆ

【読み下し】
五月ばかり、月も無ういと暗きに、
「女房や候ひ給」と、声/\して言へば、「出で
て見よ。例ならず言ふは誰れぞとよ」と仰
せられるば、「こは、誰ぞ。いとおどろ/\しう、際
やかなるは」といふ。物は言はで、御簾を擡げて
そよろと差し入るくれ竹なりけり。「をい、この
君にこそ」と言ひたるを聞きて、「いざ/\これまづ
殿上に行きて語らむ」とて、式部卿宮の源中
将、六位どもなど、ありけるは往ぬ。頭弁は留まりた
まへり。「怪しうても往ぬる物どもかな。御前
の竹を折りて、哥詠まむとてしつるを、おなじ
くは職にまいりて、女房など呼び出できこ
えてとて来つるに、くれ竹の名をいと疾く
言はれて、往ぬるこそいとをかしけれ。誰が教
へを聞きて、人のなべて知るべうもあら
ぬ事をば言ふぞ」などの給へば、「竹の名とも
知らぬものを。なめしとや思しつらん」と言へば、
「まことに、そは知らじを」などの給。まめ事など
言ひあはせてゐ給へるに、「種へてこの君と称
す」と誦むじて、また集まりきたれば、
「殿上にて言ひ期しつる本意もなくては、など帰へ
り給ぬるぞと、あやしうこそありつれ」とのた
まへば、「さることには、なにの応答をかせん。なか/\
ならん。殿上にて言ひ罵りつるを。上も聞こ
しめして、興ぜさせおはしましつ」と語る。
頭弁もろともに、同じことを返す/\誦んじ
たまひて、いとをかしければ、人/\みなとり/\
に物など言ひあかして、帰るとても、なをおなじ
事を諸声に誦して、左衛門陣入まで
聞こゆ。