絵巻詞書集

  寝覚物語絵巻
第二段

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「あさぢがすゑのしらつゆ」といひし中納言
の君、さとにいでたりときゝて、うちしの
びたづねおはしたるを、みたてまつりし
は、いさゝかそのふしのあさきともみえ
たまはざりしを、にはかにひきはなち、ゆ
めなどをみさしたるやうなるあはれを
めされんともおもはねど、いまひとめのみ
まくほしさに、かけとゞめつゝながらふる
さまを、いとしめやかにいひつゞけたまへるけし
きの、あはれに心ふかきさまに、みる人も
こゝろづくしなるまゝに、あはれおほくそへ
つゝ、かつは、なぐさむばかりにも、心ぐるし
きまゝに、こたへきこえつゝみいだせば、あ
か月かくるつきさしいでゝ、いとひろくは
あらぬにはのたゝずまい、さすがにこぐら
き木のした、いとさえたるに、やり水に
ねもきこゆなり。あさまだきおきたる
人やあなりと、をかしくおもひやられて、
「こゝよ、いづくぞ」とゝはせたまへば、「故左大臣
どのゝ女御のおはするところなり」とます。
「まこと、さぞかし。いで、あはれを□□ほど
なめるを、いますこしちかくよりて、はな
をもみ、ことのねをもきかむ。□□みつく
るひとあらば、『ゆきゝのみちにもすぎ
がたくて』などもいひより、さらずば、しの
びてもいでなむ」とおぼして、御くるまより
おりて、あゆみいりたまへど、わづかなるとの
ゐびとは、「あけにける」とおもひて、ねに
けるなるべし、人かげはせず。中門につゞき
たる廊にあゆみよりてみたまへば、ふぢ
は、寝殿のひんがし、たつみのすみのつま
なるに、すだれをまきあげて、かうらんにと
のゐすがたをかしげなるわらはよりゐ
て、はなをみあげたるあり。なげしの上の
はしらのもとに、いたくゐかくれて、から
なでしこのいろ/\なめり、すわうをうゑ
にて、あざやかなるうすいろのも、こしつ
き、をかしくひきかけて、わごむをぞひく。
【読み下し】
「浅茅が末の白露」と言ひし中納言
の君、里に出でたりと聞きて、打ち忍
び訪ねおはしたるを見奉りし
は、いささかその節の浅きとも見え
給はざりしを、俄に引き放ち、夢
などを見さしたるやうなる哀れを
召されんとも思はねど、今一目の見
まく欲しさに、懸け留めつつ永らふる
様をいとしめやかに言ひ続け給へる気色
の、哀れに心深き様に、見る人も
心尽くしたるままに、哀れ多く添へ
つつ、且つは慰むばかりにも、心苦し
きままに答へ聞こえつつ見出せば、あ
か月かくる月さし出でて、いと広くは
あらぬ庭のたたずまい、さすがに小暗
き木の下、いと冴えたるに、遣水に
音も聞こゆなり。朝まだき起きたる
人やあなりと、をかしく想ひ遣られて
「此所よ、何処ぞ」と問はせ給へば、「故左大臣
殿の女御の御座する所なり」と申す。
「実、さぞかし。いで、哀れを〔添ふる〕ほど
なめるを、今少し近く寄りて、花
をも見、琴の音をも聴かむ。〔もし〕見付く
る人あらば、『往来の道にも過ぎ
難くて』なども言ひ寄り、然らずば、忍
びても出でたむ」と思して、御車より
下りて、歩み入り給へど、僅かたる宿
直人は、「明けにける」と思ひて、寝に
けるなるべし、人影はせず。中門に続き
たる廊に歩み寄りて見給へば、藤
は、寝殿の東、巽の隅の端
なるに、簾垂を巻き上げて、高欄に宿
直姿をかしげなる童寄り居
て、花を見上げたるあり。長押の上の
柱の下に、いたく居隠れて、唐
撫子の色々なめり、蘇芳を上
にて、鮮やかなる薄色の裳、腰付、
をかしく引き掛けて、和琴をぞ弾く。