絵巻詞書集

  寝覚物語絵巻
第三段

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かはづのこゑ/\、こゝかしこかしがましきもお
かしく、あはれにうちながめわたして、いへばえ
んに、めでたくなまめき、心ふかきに、うちなげ
きしめりて、はしらによりゐたまへるほど、
ゑにかきてもあまりにみゆる。よろづをか
きつくし、いひおきてかへりなんとするほど、
ほとゝぎすひとこゑ、うちなきてわたる。
 うき世にはわれすみわびぬほとゝぎす
 しでの山ぢにしるべやはせぬ
とて、いでたまふつきかげ、なげのまもゆゝしく。
なみだぐましくみたてまつりおくりて、
 「おもふことおほうちやまの山ふかくさこ
 そはおなじねをばなくめれ
さりげなくて、心ぐるしくみたてまつるおり
おほくこそ」といふにも、げにうちしめり、御覧
じもしらぬやまふかく、ながめさせたまふら
む御ありさまのこちたさも、たゞいま、みたて
まつる心ちして。
【読み下し】
蛙の声々、此所彼処喧ましきもお
かしく、哀れに打ち眺め渡して、居へば艶
に、目出度く艶めき、心深きに、打ち嘆
き湿りて、柱に寄り居給へる程、
絵に描きても余りに見ゆる。万を掻
き尽くし、言ひ置きて帰りなんとする程、
時鳥一声、打ち鳴きて渡る。
 憂き世には我住み佗びぬ時鳥
 死出の山路にしるべやはせぬ
とて、出で給ふ月影、なげの間も由々しく。
涙ぐましく見奉り送りて、
 「思ふこと大内山の山深くさこ
 そは同じ音をば鳴くめれ
さりげなくて、心苦しく見奉る折
多くこそ」と言ふにも、実に打ち湿り、御覧
じもしらぬ山深く、眺めさせ給ふら
む御有様の言痛さも、唯今、見奉
る心地して。