絵巻詞書集

 男衾三郎絵詞
第六段

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をぶすまの三郎京よりくだりついつしかあにの遺言
をたがふるのみこそむざんなれ吉見のたちには我妻子を
かしづきすゑて慈悲母ともにこの家をばいで給へ所知も
家も院より給はりたる物なればおやと夫にわかれたる人
はかる祝の所には居さんなるぞとて門外なるしづ
のふせやにをしこめたてまつるのみぞなさけなかり
ける一人の女房をだにもつけざりけるこそかなしけれ
難波の権守伝聞てふみをつかはす様故吉見殿の御教養
これへいらせ給て訪まいらせ給へ女房姫君の御迎にまいるべし
とかきてつかはすに使の案内をしらでうるはしく吉見の
館へもてゆきたりければをぶすまの女房これを見て
三郎殿これみ給へみなしごの慈悲をこはんよりは我女を
こへかしわらはがはからひにして難波太郎をムコにとら
むといひてふみかき難波へつかはす慈悲は母もろともに
思ひにしづみてはかなくなり候ぬいづれもおなじ
女房なればこれのひめをまいらせんとかきたるに難波
権守これを見ておもひのほかの事かなとてえんより
しもへぞなげまつるさればしに給にけるよとて難波
太郎二人の女房のためにとて堂をつくりそとばをたて
あまり心のやる方のなさにふぢをいかたにかけ山々寺々修
行して姫君の後世をぞ訪けるをぶすまの三郎は
家綱正広が所領中田下郷めしあげて思ひあたる事ぞな
かりける女房又の給けるはき給へよ難波の太郎こそわ殿
のむこにならじとて世をすて国々をめぐりて乞食は
すなれもし慈悲ばしやぬすみとらんずらん内によびて目を
はなたずはした物につかはやとてわづかなるこそで
ひとつきせつかみをせなか中よりきりすてからかみ
といふ名をつけてぞつかはれける吉見次郎草の
かげにてもいかにほいなくおもはるらんかるほどに武蔵
国の先司はかはりて当国司の代となる京まできこえ
たる吉見次郎が家みんとて吉見の館へぞいり給三郎
さまざまもてなしたてまつるにはしたものなかに
このからかみ侍りけるを国司わりなく心づきにおもひ
なり給ぬしのぶおもひいろにいでをぶすまの三郎にわり
なく所望ありけるを女房ネタム心ありければさらにゆるしたて
まつらず武蔵守帰給て後女房三郎にの給からかみめあれてい
にてをきたらばなをもよしなき事いできなんずさまをかへ
て水しにつかはせ給へとてひとつの小袖をもぬぎとりて信濃
のてうたい馬のあさぎぬといふものあさましげなるをきせて
たてまつりてみどりのかんざしをもとゐぎはよりきりすて
からかみといふ名をだに心うしとおもひしにあまさへねのひと
かへてとをさぶらひのむまやの水をぞくませたてまつる
井の水を二十五引疋の馬によるひるくめばかへでの様
なる手もつるべのなはにきれそむじてあけのいとをひきたる
やうなりくむ水もすわういろにぞみえたりける母うへかなしみ
なぐさめてよるの水をばくみ給へどもいまだならはぬ事なれば
たとへやるべきかたもなしたけなるかみをかきみだしてきぬの
袖をちがへかたにかけ給てくみ給水におつるなみだもあらそひ
ていとたもとぞしほれける十六七までみやこにかしづかれ
給へりし時はゆめにもかるありさまあるべしとこそみえざりしが