絵巻詞書集

 信貴山縁起
延喜加持の巻・第一段

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このはちにこめをひとたはらのせて
とばするに、かりなどのつゞきたるやうに、
のこりのこめどもつゞきたちたり。また、
むらすゞめなどのやうにつゞきて、たし
かにぬしのいゑにみなをちゐにけり。か
やうにをこなひてすぐるほどに、そのこ
ろ、えむぎのみかど、ごなうおもくわづらは
せたまひて、さま/\のおほむいのりども、
みすほう、みど経など、よろづにせらるれ
ど、さらにえをこたらせたまはず。ある人
のまうすやう、「やまとにしぎといふところに、
おこなひてさとへいづることもなきひじ
りさぶらふなり。それこそいみじく
たうとくしるしありて、はちをとばせて、
ゐながら、よろづのありがたきことゞもを
しさぶらふなれ。それをめしていのらせ
させたまはゞ、をこたらせたまひなむも
のを」とまうしければ、「さは」とて、くら人
をつかひにてめしにつかはす。
ゆきて見るに、ひじりのさまいとたうとく
てあり。「かう/\、せんじにてめすなり。まいる
べき」よしいへば、ひじり、「なにごとにめすぞ」
とて、さらにうごき気もなし。「かう/\、ご
なうだいじにおはします。いのりまいら
させたまふべき」よしをいへば、「それは、た(だ)
まいらずとも、こゝながらいのりまいらせ候
む」といへば、「さては、もしをこたらせたま
ひたりとも、いかでかこのひじりのしるし
しるべき」といへば、「もしいのりやめまいら
せたらば、けむのごほうといふごほうを
まいらせむ。おのづからゆめにもまぼろしに
も、きとごらんぜば、さらばしらせたまへ。
けむをあみつゞけて、きぬにきたるご
ほうなり」といふ。「さて、京へはさらにいでじ」と
いへば、かへりまいりて、かう/\とまうすほどに、
【読み下し】
この鉢に米を一俵載せて
飛ばするに、雁などの続きたるやうに、
残りの米ども続き発ちたり。また、
群雀などのやうに続きて、確
かに主の家に皆落ち去にけり。か
やうに行なひて過ぐる程に、その頃、
延喜の帝、御悩重く煩は
せ給ひて、様々の御祈祷ども、
御修法、御読経など、万にせらるれ
ど、さらにえ怠らせ給はず。ある人
の申すやう、「大和に信貴といふ所に、
行なひて里へ出づることもなき聖
候なり。それこそいみじく
貴く験ありて、鉢を飛ばせて、
居ながら、万の有り難き事どもを
し候なれ。それを召して祈祷らせ
させ給はば、怠らせ給ひなむも
のを」と申しければ、「然は」とて、蔵人
を使ひにて召しに遣はす。
行きて見るに、聖の様いと貴く
てあり。「斯々、宣旨にて召すなり。参る
べき」由言へば、聖、「何事に召すぞ」
とて、さらに動き気もなし。「斯々、御
悩大事におはします。祈祷り参ら
させ給ふべき」由を言へば、「それは、た(ゞ)
参らずとも、此所ながら祈祷り参らせ候
む」と言へば、「さては、もし怠らせ給
ひたりとも、争かこの聖の験
知るべき」と言へば、「もし祈祷り罷めまいら
せたらば、剣の護法といふ護法を
参らせむ。自ら夢にも幻に
も、急度御覧ぜば、然らば知らせ給へ。
剣を編み続けて、衣に着たる護
法なり」と言ふ。「さて、京へはさらに出でじ」と
言へば、帰り参りて、斯々と申す程に