絵巻詞書集

 信貴山縁起
延喜加持の巻・第二段

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さて、三日ばかりありて、ひるつかた、き
とまどろませたまふともなきにきら/\と
あるものゝみえさせたまへば、「いかなる
人にか」とて、ごらんずれば、そのひじり
のいひけむけんのごほうなめり、と
おぼしめすより、おほむ心ちさは/\と
ならせたまひて、いさゝかくるしきことも
おはしまさで、れいざまにならせたまひに
たれば、人/\もよろこび、またひじりを
もたうとがり、めであひたり。みかどのおほん
心ちにも、めでたくたうとくおぼえさせた
まへば、人つかはす。「そうづ、僧正にやなる
べき。また、そのてらに、さうなどをもよせ
む」といひつかはす。ひじり、うけたまはりて、
まづ、「そうづ、僧正、さらに/\さぶらふまじ
きこと」ゝてきかず。又、「かゝるところにさうなど
あまたよりなどしぬれば、べたう、なに
くれなどいできて、なか/\むづかしう、つ
みえがましきこといでく。たゞ、かくてさ
ぶらはむ」とて、やみにけり。
【読み下し】
さて、三日ばかりありて、昼つ方、急
度睡ませ給ふともなきに、きらきらと
ある物の見えさせ給へば、「いかなる
人にか」とて、御覧ずれば、その聖
の言ひけむ剣の護法なめり、と
思し召すより、御心地さはさはと
成らせ給ひて、いささか苦しき事も
御座しまさで、例様に成らせ給ひに
たれば、人々も喜び、また聖を
も貴がり、愛合ひたり。帝の御
心地にも、めでたく貴く覚えさせ給
へば、人遣はす。「僧都、僧正にやなる
べき。また、その寺に、荘などをも寄せ
む」と言ひ遣はす。聖、承りて、
先づ、「僧都、僧正、さらにさらに候ふまじ
きこと」とて聞かず。又、「かかる所に荘など
数多寄りなどしぬれば、別当、何
くれなど出できて、なかなか難しう、罪
得がましきこと出で来。ただ、かくて候
はむ」とて、止みにけり。