絵巻詞書集

 信貴山縁起
尼公の巻・第一段

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かゝるほどに、しなのにはあねぞ一人
ありける。かくてとしごろはみえねば、
「あはれ、このこゐの東大寺にずかい
せむとてのぼりしまゝにみえぬ。か□、
いかなるならん」。おぼつかなきに、「たづね
みむ」とて、のぼりにけり。やましなでら・
東大寺のわたりをたづねければ、「いざ、
しらず」とのみいふ。「命れむこゐとい
ふやある」と人ごとにとへど、さすがに廿よ
年になりにければ、そのかみのことをし
りたる人はなくて、「しらず」とのみいへば、
たづねわびて、「いかにせむ、これがありさ
まきゝてこそかへりもくだらめ」とおもひ
て、そのよ、とう大じの大仏のおまへに候て、
よひとよをこなふ。「命れむがありどころ、
ゆめにもをしへさせたまへ」とまうしけり。
よひとよまうしてうちまどろみたるゆ
めに、このほとけのおほせらるゝやう、「このた
づぬるそうのあるところは、これよりにしの
かたに、みなみによりて、ひつじさるの
かたにやまあり、その山にしうむたな
びきたるところをゆきてたづねよ」とお
ほせらるゝと見て、さめたれば、あか月
になりにけり。いつしか、とくよのあけよかし
とおもひてみゐたればほの(ぼの)とあけ
たるに、ひつじさるのかたをみやりたれば、
やまかすかにみゆるに、むらさきのくもた
なびきたり。うれしくてゆく。
【読み下し】
かかる程に、信濃には姉ぞ一人
ありける。かくて年頃は見えねば、
「あはれ、この小院の東大寺に受戒
せむとて上りしままに見えぬ。か(れ)、
いかなるならん」。覚束なきに、「尋ね
みむ」とて、上りにけり。山階寺・
東大寺の辺を尋ねければ、「いざ、
知らず」とのみ言ふ。「命蓮小院とい
ふやある」と人毎に問へど、さすがに廿余
年になりにければ、その上の事を知
りたる人はなくて、「知らず」とのみ言へば、
尋ね侘びて、「いかにせむ、これが有様
聞きてこそ帰りも下らめ」と思ひ
て、その夜、東大寺の大仏の御前に候ひて、
夜一夜行なふ。「命蓮が在り所、
夢にも教へさせ給へ」と申しけり。
夜一夜申して、打ち睡みたる夢
に、この仏の仰せらるるやう、「この尋
ぬる僧の在る所は、これより西の
方に、南に寄りて、未申の
方に山あり、その山に紫雲棚
引きたる所を行きて尋ねよ」と仰
せらるると見て、覚めたれば、暁
になりにけり。いつしか、夙く夜の明けよかし
と思ひて見居たれば、ほの(ぼの)と明け
たるに、未申の方を見遣りたれば、
山幽かに見ゆるに、紫の雲棚
引きたり。嬉しくて行く。