絵巻詞書集

 信貴山縁起
尼公の巻・第二段

第一段→ 


そこをさしてゆきたれば、まことに
だうなどあり。人のけしきみゆるとこ
ろによりて、「命れむこゐやいまする」と
いへば、「たそ」とて、さしいでゝ見れば、し
なのなりしわがあねのあまぎみなり。
「こはいかにかたづねおはしたる、おもひ
かけず」といへば、ありつることのさまをかた
る。さて、「いかにさむくておはしつらん。これ
をきせたてまつらんとて、もたりつるもの
なり」とて、ふところよりひきいでたるものを
みれば、だいといふものを、なべてのにも
にず、ふときいとなどして、あつ/\とこまか
につよげにしたれば、よろこびてとりて
きたり。もとは、かみぎぬをたゞひとつ
きたりければ、まことにいとさむかりつる
に、これをしたにきたれば、さむくもな
くて、おほくのとしごろをこなひけ
り。このいもうとのあまぎみも、ゝとのくに
へもかへらざりけり。そこにぞをこなひて
ありける。さておほくのとしごろ、それをの
みきてありければ、ゝてには、やれ/\とき
なしてぞありける。はちにのりてきた
りしくらをば、とびくらとぞいひける。そ
のくらにぞ、ゝのだいのやれはをさめて
ありける。そのやれのはしをつゆばかり
など、おのづからえむにふれてえては、まも
りにしけり。そのくらもいまにくちや
ぶれて、そのきのはしをもつゆばかりえ
たる人は、まもりにし、びさもむつくり
たてまつりてぢしたてまつる人は、かな
らずとくつかぬ人はなかりけり。されば、
人はそのえむをたづねて、そのくらの
きのおれたるはしなどはこびけり。さて、
しぎとて、えもいはずげむじたまふ所に、
いまに人/\あけくれまいる。このびさ
もむは、命れんひじりのをこなひい
でたてまつりたるところなり。
【読み下し】
そこを指して行きたれば、まことに
堂などあり。人の気色見ゆる所
に寄りて、「命蓮小院や在する」と
言へば、「誰そ」とて、差し出でて見れば、信
濃なりし我が姉の尼公なり。
「こはいかにか尋ね在したる。思ひ
かけず」と言へば、ありつる事の様を語
る。さて、「いかに寒くておはしつらん。これ
を着せ奉らんとて、持たりつる物
なり」とて、懐より引き出でたる物を
見れば、衲といふ物を、並べてのにも
似ず、太き糸などして、厚々と細か
に強げにしたれば、喜びて取りて
着たり。元は、紙衣を唯一つ
着たりければ、まことにいと寒かりつる
に、これを下に着たれば、寒くもな
くて、多くの年頃行なひけ
り。この妹の尼公も、元の国
へも帰らざりけり。そこにぞ行なひて
ありける。さて、多くの年頃、それをの
み着てありければ、果てには、破れ破れと着
なしてぞありける。鉢に乗りて来
りし倉をば、飛倉とぞ言ひける。そ
の倉にぞ、その衲の破れは納めて
ありける。その破れの端を露ばかり
など、自ら縁に触れて得ては、守
にしけり。その倉も今に朽ち破
れて、その木の端をも露ばかり得
たる人は、守にし、毘沙門造り
奉りて持し奉る人は、必
ず徳つかぬ人はなかりけり。されば、
人はその縁を尋ねて、その倉の
木の折れたる端など運びけり。さて、
信貴とて、えも言はず験じ給ふ所に、
今に人々明け暮れ詣る。この毘沙
門は、命蓮聖の行なひ出
で奉りたる所なり。