絵巻詞書集

 住吉物語絵巻
第一段

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かくしつゝ、あかしくらす程に、姫公の乳母れい
ならぬこゝちのおぼえければ姫公の、ゆかしくをはし
ます。たちよらせ給べきよし、きこゑたてまつ
れと、侍従がもとへいひつかはしたりければ、しのび
つゝをはしたりけり。乳母おきゐで、なく/\
きこゆるやう、さだめなきよとはいひながら、とし
おいぬるものは、たのみすくなくなむ。つねより□
このほどは、ものこゝろぼそく、君もゆかしく、かゝる
こゝちのつきぬれば、みたてまつらんことも、このた□
ばかりにやなどおぼゆる。母宮のおはざりしを
こそ、あはれかなしとおもひまいらせつるに、このをい.
うばさえなからんあとのゆかしさよ。ともかくも
さだまり給なむをみをきたてまつりてのち
とこそおもひしに、こゝろにまかせぬならひ、いま
さらくちをしく、みをきたてまつりてしでの
やまぢにまよはん事のかなしさよ。はかな□
なりなむあとには、侍従をこそかたみとも御覧
ぜさせ給はんずらめと、かみをかきなでゝ、さめ/\と
なきければ、姫公も侍従もそでをかほにしあ
てゝ、われもぐし給へと、こゑもしのばずなき給
ければ、よそのたもともところせくぞ、おぼえける。
さて、侍従をばをかせ給て、かへらせ給へときこゆれば、
かへり給にけり。
【読み下し】
かくしつゝ、明かし暮らす程に、姫公の乳母例
ならぬ心地の覚えければ、「姫公の、床しく御座し
ます。立ち寄らせ給ふべき由、聞こゑ奉
れ」と、侍従が許へ言ひ遣はしたりければ、忍び
つゝ御座したりけり。乳母起き出で、泣く/\
聞こゆる様、「定めなき世とは言ひながら、年
老いぬる者は、頼み少なくなむ。常より(も)
この程は、物心細く、君も床しく、かゝる
心地の付きぬれば、見奉らんことも、このた(び)
ばかりにや、など覚ゆる。母宮の御座せざりしを
こそ、哀れ悲しと思ひ参らせつるに、この老い
乳母さえ亡からん後の床しさよ。ともかくも、
定まり給はむを見置き奉りて後
とこそ思ひしに、心に任せぬ習ひ、今
巧更口惜しく、見置き奉りて死出の
山路に迷はん事の悲しさよ。果な(く)
なりなむ後には、侍従をこそ形見とも御覧
ぜさせ給はんずらめ」と、髪を掻き撫でゝ、さめ/\と