絵巻詞書集

 住吉物語絵巻
第二段

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少将のべのをもかげ身にそへるこゝちして、
おもひやるかたなきあまりには、侍従にあひて、
あさましき人にばかされて、かゝるものを
おもふわりなさよ、きえもうせまほしけれども、
なにかへたるいのちとだにおぼししられん
御なさけもいかゞと、人しれぬおもひこそ、いにしへの
御ちぎりさえ、うらめしくおぼえさぶらふも、せめて
こゝろのなどうちなみだぐみ給ければ、侍従心
のうちには、ことはりにあはれとおもひながら、むかし
だにも、きこゑわづらひし御事なれば、いまは、
いよ/\かたきおほせにこそといへば、ひとふでの御すさみ
だに、まちみる御なさけならば、げにこのよの思でに
こそなどきこゆれば、それもいなびがたくて、たび/\
ほのめかしけれども、かなはざりけり。さるまゝには
少将おもひかねて、神ほとけにぞいのり給ける。三の
きみのもとへも、ゆかまものうくおぼしけれども、侍従に
だに、たえぬおもひするをも、すこしなぐさむたより
なるに、かしこさえかきたえなば、にしのたいのけしき
をだにみずなりなむことのこゝろうくなど、うち
ひとりごちつゝ、つねにかよひ給けり。にしのたいを
すぐるとては、ふるきうたのいとあはれなるを、
をかしきこゑして、うちながめつゝ、そでもしぼる
ばかりにて、すぎありき給ければ、姫公いとあはれ
【読み下し】
少将野辺の面影身に添へる心地して、
思ひ遣る方なき余りには、侍従に会ひて、
「浅ましき人に化かされて、かゝる物を
思ふ理なさよ、消えも失せまほしけれども、
何変へたる命とだに思し知られん
御情けも如何と、人知れぬ思ひこそ、古の
御契りさえ、恨めしく覚え候ふも、せめて
心の」など打ち涙ぐみ給ひければ、侍従心
の内には、理に哀れと思ひながら、「昔
だにも、聞こゑ煩ひし御事なれば、今は、
いよ/\堅き仰せにこそ」と言へば、一筆の御遊み
だに、待ち見る御情けならば、実にこの世の思ひ出に
こそ」など聞こゆれば、それも否び難くて、度々
仄しけれども、叶はざりけり。然るまゝには
少将思ひかねて、神仏にぞ祈り給ひける。三の
君の許へも、行かま物憂く思しけれども、侍従に
だに、絶えぬ思ひするをも、少し慰む便り
なるに、賢さ得かき絶えなば、「西の対の景色
をだに見ずなりなむことの心憂く」など、打ち
独り言ちつゝ常に通ひ給ひけり。西の対を
過ぐるとては、古き歌のいと哀れなるを、
をかしき声して、打ち眺めつゝ、袖も絞る
許りにて、過ぎ歩き給ひければ、姫公いと哀れ
に見聞き給ひけり。