絵巻詞書集

  東征伝絵巻
巻四第七段

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この時大使以下議していはく、広陵郡
に和尚の我国にむかひたまふ事をしり
なは、かならすわれらか舟をさくるへし。
事あらはれなは、とかあるへし。又もしいて
たりとも、風波しりかたけれは、ふたゝ
ひこの地にもかへりなは、いかにも此事あら
はれぬへし。いかゝすへきといふ。これに
よりて衆僧をおろしつ。さて十一月十日
夜、大伴の副使すへて人にしらせすして、
和尚をよひ、衆僧をわか船にのせつ。十五日
に四の舟おなしく発す。廿一日に第一第
二の船は阿児奈波の嶋につく。その嶋は
多禰嶋のひつしさるにあたれり。第三
の船は昨日すてにこゝにとゝまる。十二月
六日南の風はけしく吹て、第一の船石
にあたりてさらす。第二の船は多禰をさし
てさりぬ。十二日益救の嶋にいたりぬ。益救を
いてゝゆくに、十九日に雨風をひたゝしくて、すへ
てむかへる方をしらす。ひる程にすこし空
はれて、浪のうへにはるかに山をみいてたり。
二十日午時に薩摩国阿多郡秋妻屋の
浦につく。廿六日延慶師、和尚を太宰府
にいれたてまつる。



【奥書】
永仁六年戊戌八月日
画工六郎兵衛入道蓮行
筆師足利伊予守後室 (花押)