絵巻詞書集

 結城合戦絵詞


鎌倉殿の次男三男のわかぎみに春王殿
安王殿とて兄弟二人ましましけりめのと
かしこくしてしもつけの国へくだしたてまつり
日光山の衆徒をたのみてすませ申たて
まつりけりその御姿人にすぐれて御心誠に
ゆうにまし/\て詩哥の道にも違したまへば
一寺のてうあい近山のしやうくはんこの君
にぞきはまりけるしかるをひたちの国の住人
ゆうきの七良此よしをうけたまはり諸代の
御主なればわが城に入れたてまつりけいごを
かたく申けつ此事天下にかくれなければ
京都より又御勢をこそむけられけれかのゆう
きが城は二方に大河ながれて四方におほ堀あり
その底ないりをきはめせい水をたへていとふかし
水のうへのきりぎし三十よ丈にして其内の
へいしがきのこしらへいしゆみやぐらのかまへ
彼秦の始皇帝かんやう宮において鉄の
ついぢを四十余丈ついて四方のえびすをふせ
がれしもこれにはすぎじとぞおぼえし此城には
鴈門なければ鳥だにもかけらざるしろにゆう
きの七良をはじめとしてはんくわいをあざむき
ちやうりやうをそしる程の勇士一千余騎おもひ
きりてぞこもりける日本一の城にをに神の
ごとくなるあら武者こもりける間さうなくおと
すべき様こそなかりけれしかる処に京かたの
勢はせあつまる事雲のごとくかすみのごとし
日夜朝暮の合戦はこね山のいくさにもすぎたり
しかりといへども一ぢんやぶれぬればさんたうまた
からざる道理にやありけんつゐに城衆はかなはずして
諸方の通路をとめられ兵糧つきてぞみへし
いまはかなはじとやおもひけん嘉吉元年四月十六日
の早朝にゆうきの七良よせてにむかつて申
けるはわれらはこれにてはらをきらん事今日を
すごすべからずしかるに城のうちに女房ども十よ
人こもりたり害せん事もいとふびんなり憑
入て申候御なさけをもてかれらをおとしたま
はらば来世にて御れいをば申すべしといひければ
越後一きのぢん中よりおりをえたる卯花おど
しのよろひにおなじけのかぶとのをしめ
大なぎなたもちたる武者一きすみいで
いひけるは自身だにはらをめされ候は女房達
の御事はころやすくおとしたてまつるべしと
こたへければゆうき大に悦てこし七八丁に
女房をのせ其中に若君二人を女子の様に
いでたせたてまつりて敵陣の中を分て
おとしける処によせてのいくさ奉行かけいで
大音あけて下知しけるは此女房ごしの中に
さだめて若公御座あるべしいけどりにし
たてまつりて高名せよやとはせめぐりてぞ
ふれたりけるつは物どもこれをきてわれも/\と
こしを一にさがしみける処に中ほどのこしに
とし十二三ばかりなるひめぎみ二人おはします
その御すがたころこと葉もおよばぬほどゆうに
みへ給ひしをねんれいをあやしみてこしより
とりてひきおろしたてまつりけるをあとの
こしよりめのとの女房のりけるが此由をみて
こしよりころびおちてこれはいかなる御事ぞや
わかぎみにてはましまさずとちんじけれども
とがぢんはうにありとてやがていけどりたて
まつり大勢の中にぞとりこめ申ける城の
中より此よしをみたてまつりてさては御うん
めいつき給ひけりとてゆうきをはじめとして
こもりけるつは物ども城のきどをおしひらきて
うちものきつさきをとのへておもても
ふらず大ぜいの中にきつて入るひがしより
西へとをり北より南へわけて行くもでかくなは
十文字といふ物にさん/\にきりめぐるよせ
手はまうぜいなればあらてを入かヘ/\かっせん
すとみへけれどもゆうきがぜいはいきをつぐ
べきひまもなく辰のはじめよりさるのおはりに
いたるまてほねをくだきてかつせんしぬればつゐに
つかれて或はかぶとをうちおとされ或はたちを
うちおつてさん/\になりていきものこらず
ひとつまくらにうちじにせしめおはんぬ

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